Friday, August 18, 2006

小泉純一郎首相の靖国神社参拝に思うこと。

3日前の8月15日に小泉純一郎首相は終戦記念日に靖国神社を参拝して2001年の自民党総裁選に掲げた公約を果たしたのである。靖国神社にA級戦犯が合祀された故に、政府を代表する内閣総理大臣の参拝は国内外から抗議と批判をされる。国内では「あの戦争に対する歴史認識」とか、憲法20条で定められている「政教分離」原則とか、「日本帝国に侵略された近隣諸国の国民感情を無視し、外交上の国際感覚のズレ」とかの論理で批判される。国外では、とりわけ中国と韓国を中心にあの侵略戦争の被害者の立場から、日本の指導者(ときには日本国)が戦争責任を曖昧にしていることを厳しく批判している。これらの国内外の批判を踏まえて、日本の全国紙の多くは(日経、朝日、毎日)小泉純一郎首相の終戦記念日の靖国参拝を厳しく批判した。それに対して産経や読売の両紙は理解を示した。

A級戦犯が靖国神社に合祀されてから「靖国問題」は四半世紀以上にわたって存在しており、簡単に明快な答えが出ないように思う。しかしながら、現段階では以下のことが明らかになっているのではないかと思う。

(1)過去5年間の小泉純一郎首相の靖国参拝に関し、国内では賛否両論の輪が広るにつれ、「靖国問題」に関心を持つようになった国民が増えている。

(2)過去25年間において、日本のマスコミは「靖国問題」をあいまいに放置したまま、小泉純一郎氏の首相就任以後、靖国参拝によって引き起された中国と韓国の批判および外交行動に共感や同情するような世論を導いてきた。

(3)「靖国問題」に対する国民の賛否両論は日本の民主主義の成熟度の高さが反映されている。

(4)「靖国参拝」に関する中国側の批判と主張は、民主主義の理念に基づいた言論や思想の自由によるものではなく、むしろ中国の国民の間における格差拡大による民衆の不満のはけ口を逸らしつつ、中国共産党の一党独裁政権を維持する正当性と存在を擁護する理論の一つである。

(5)あの戦争では朝鮮半島は日本帝国の領土の一部として朝鮮人が徴兵され、当時の日本国民と同様にその戦争の被害者と加害者の両面をもっていた。また、「靖国問題」に関する盧武鉉大統領の批判と主張、そして当政権の「アンチジャパン」の感情を仰ぐ法律の制定、さらに彼の言論と政治的・外交的行動は国内政治の失政を挽回するための政治手法の一つである。

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